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ビビアンウエストウッドの歴史2

ビビアン・ウエストウッド

1984年秋、ビビアンウエストウッドは、東京で行われた「The Best Of Five」に、ジャンフランコ・フェレ、カルバン・クライン、クロード・モンタナ、森英恵らと共に選ばれ来日、コレクションを発表します。
1984年はビビアンウエストウッドがファッションに対する方向性を変えた重要な年でもあります。
ストリートスタイルや若者のカルチャーが、ビビアンウエストウッドの世界を模倣することをやめたのです。
それを機に彼女は、サヴィルローテクニックの中に、17世紀のイギリスの生地に、そして18世紀のアートの中に彼女のインスピレーションの源を見つけるようになります
この頃に“伝統をもって未来を創る”という彼女のクリエイティビティを象徴するORBロゴが初めて使われました。
1989年ビビアンウエストウッドは、フェアチャイルドパブリケーションズの社長であり、ファッションバイブルのウーマンズウェアーデイリーのエディターでもあったMR.John Fairchildによって彼の雑誌“chic sabages”において、世界の優れた6人のデザイナーの1人に選ばれます。
ビビアンウエストウッドは常に彼女のレディスコレクションにおいてメンズウェアを発表していましたが、1990年7月フローレンスで行われたPitti Uomoで初めて完全なるメンズコレクションを発表しました。
そしてこの年彼女は大変な栄誉である“British designer Of the year”に選ばれました。1991年1月には、クリスチャン・ラクロワ、アイザック・ミザリそしてフランシスコ・モスキーノと共にファッションサミットに参加するため、再び東京でコレクションを発表することを決めました。
1992年、再びビビアンウエストウッドはその年の“British designer Of the year”に選ばれるのです。
1993年レディスウェアを デミクチュールとも呼べるファーストライン“Gold Label(ゴールド レーベル)”とプレタポルテラインである“Red Label(レッド レーベル)”とに区分けします。“MAN(マン)”は、国際的な歓呼に応える形で1996年のミラノコレクション開催中に独立したメンズウェアのラインとして発表しました。
1998年 彼女の過去のコレクションを余すことなく表現した、若年層向けまたはカジュアルに着こなせるメンズ・レディスウェアライン としての“Anglomania(アングロマニア)”を、また同年ファーストフレグランス“Boudoir(ブドアール)”を発表しました。
70年代のパンクファッションの仕掛人として有名になり、以後アバンギャルドなデザイナーの代名詞として称されてきたビビアンウエストウッド
現在に至っては“オートクチュールとも呼べる高度なテクニックに裏付けられた服作り”と高く評価されています。
トレンドというものに全く惑わされることなく、永年貫かれている独自の“クリエーション(創造)”に対する情熱と姿勢は、今尚変わることはなく、むしろ更なる飛躍を続けるのです。
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